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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)2343号 判決 1981年2月26日

原告

片木珠千個

被告

株式会社片木アルミニユーム製作所

主文

一  被告清水敏孝、被告坂口千代子は各自、原告に対し、金四五九万四九六三円及びうち金四一九万四九六三円に対する被告清水敏孝は昭和五三年五月一一日から被告坂口千代子は同月二八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の、被告株式会社片木アルミニユーム製作所に対する請求並びに被告清水敏孝、被告坂口千代子に対するその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告清水敏孝、被告坂口千代子との間に生じた分はこれを五分し、その二に原告の、その余を同被告らの負担とし、原告と被告株式会社片木アルミニユーム製作所との間に生じた分は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の原因

1  被告らは各自、原告に対し、金七八〇万二九四六円及びうち金七〇〇万二九四六円に対する被告株式会社片木アルミニユーム製作所は昭和五三年五月九日から、被告清水敏孝は同月一一日から、被告坂口千代子は同月二八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五一年三月一日午前一〇時五五分頃

2  場所 大阪府泉南市信達市場一一三八番地先路上

3  加害車 第一種原動機付自転車(泉佐野市あ三七〇四号)

右運転者 被告清水

4  被害者 原告

5  態様 原告が右場所を南から北に向つて歩行中、後方から進行してきた加害車に衝突され、転倒した。

二  責任原因

1  被告会社

被告会社は、被告清水を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

かりに、右主張が認められないとしても、被告会社代表者は、昭和五一年三、四月頃、被告清水を通じ、原告に対し、被告清水の原告に対する後記2の損害賠償債務を引受ける旨を約した。

2  被告清水

被告清水は、運転免許を有せず、技術が未熟であるのに、加害車を運転し、ハンドル操作を誤つた過失により、本件事故を発生させた。

また、被告清水は、当時の妻である被告坂口から加害車を借受け、自己のため運行の用に供していた。

3  被告坂口

被告坂口は、加害車を所有し、当時の夫である被告清水が同車をたびたび運転するのを許容し、しかも合鍵を同被告に預けていたのであるから、同車の運行供用者というべきである。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告は、本件事故により、右上腕頸部骨折、右足関節脱臼骨折、義歯破損の傷害を受けた。

(二) 治療経過

入院

昭和五一年三月一日から同年九月一八日まで二〇二日間市立泉佐野病院

通院

昭和五一年九月一九日から昭和五二年八月二四日まで同病院(実治療日数二四日)

(三) 後遺症

前記傷害の結果、原告には、後遺症として、右肩関節部と右足関節部に疼痛と運動制限、右第三指に冷感と疼痛、頸部から肩にかけてと右側胸部に痛みが残存した。なお、自賠責保険の関係では、後遺障害等級九級に相当すると認定された。

2  治療関係費

(一) 治療費・文書料

(イ) 市立泉佐野病院整形外科分(通院中の分) 五万〇三二一円

(ロ) 井上歯科 一七万一四五〇円

(二) 歩行用具代 五四八〇円

(三) 入院雑費 一〇万一〇〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による二〇二日分

(四) 入院付添費 一〇万七五〇〇円

入院期間中、四三日間については、原告の娘四人が交替で付添つた。一日二五〇〇円の割合による四三日分

(五) 付添人交通費 七万一九六〇円

(六) 通院付添費 四万六〇八〇円

3  逸失利益

(一) 休業損害 一八九万〇五二〇円

原告は、本件事故当時六〇歳で、特殊紡績業「片木厚生産業社」を主宰し、一二名程度の従業員を雇用し、資産管理その他全般の事業を執行するかたわら、家事にも従事していたものであるところ、本件事故により昭和五二年七月二八日まで全く就労することができなかつた。したがつて、本件事故がなければ原告が同年齢女子就労者の平均賃金を下らない利益を得ることができたことは明らかである。そこで昭和五一年三月一日以後の原告の労働の対価について各年度の賃金センサス第一巻第一表女子労働者の平均賃金によつて計算すると、原告の休業損害は一八九万〇五二〇円となる。

昭和五一年分(三〇六日間)一〇五万〇六二七円

昭和五二年分(二〇九日間)八三万九八九三円

(二) 後遺障害による逸失利益 三四七万八六三五円

原告は、前記後遺症のため、昭和五二年七月二九日以後その労働能力を三五パーセント喪失したものであるから、次のとおり三四七万八六三五円の得べかりし利益を喪失する。

昭和五二年分(一五六日間)二一万九四一七円

昭和五三年以後七年間の分三二五万九二一八円

(算式) 一五八万五三〇〇(昭和五三年センサス)×〇・三五×五・八七四(七年のホフマン係数)=三二五万九二一八円

4  慰藉料 五〇〇万円

5  弁護士費用 八〇万円

四  損害のてん補

原告は、次のとおり支払を受けた。

1  自賠責保険から 三八二万円

2  被告清水から 一〇万円

ところで、原告は、市立泉佐野病院に入院した時、入院保証金一〇万円を納入し、その領収書を受け取つていたところ、被告清水から損害金の内金として二〇万円を受領した際、右領収書を同被告に渡した。これにより、被告清水は、原告の退院後、同病院に対し、原告の入院中の治療費(本訴請求外の分)を支払つた際、入院保証金一〇万円を右治療費の一部に充当して精算したのである。したがつて、原告が同被告から受領した二〇万円のうち、一〇万円は本訴請求外の入院費の一部に費われたことになり、本訴請求分に充当される分は残り一〇万円ということになる。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は訴状送達の日の翌日から民法所定の年五分の割合による。ただし、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁並びに主張

一  答弁

(被告会社)

請求原因一は不知。

同二の1のうち、被告会社が被告清水を雇用していたことは認めるが、その余は争う。

同三については、

1は争う。

2のうち、(一)、(二)は認めるが、その余は争う。

3ないし5は争う。

同四のうち、1は認めるが、2については後記二の4の(二)の(2)のとおりである。

(被告清水)

請求原因一の1ないし4は認める。5のうち、加害車が原告に衝突したことは認めるが、その余は否認する。

同二の2のうち、被告清水が運転免許を有していないことは認めるが、その余は争う。

同三については、

1は争う。

2のうち、(一)、(二)は認めるが、その余は争う。

3ないし5は争う。

同四のうち、1は認めるが、2については後記二の4の(二)の(2)のとおりである。

(被告坂口)

請求原因一は不知。

同二の3のうち、被告坂口が加害車を所有していたことは認めるが、その余は争う。

同三については、

1は争う。

2のうち、(一)、(二)は認めるが、その余は争う。

3ないし5は争う。

同四のうち、1は認めるが、2については後記二の4の(二)の(2)のとおりである。

二  主張

1  責任原因について

(被告会社の使用者責任)

被告会社では、従業員が就業時間中、私用で無断外出することは固く禁止されており、もし私用で外出するときは事前に上司に届け出て、承諾を得ることにしていた。しかも、たばこの購入等一時的短時間の無断外出についても固く禁止し、従業員に外出を許容したことはかつて一度もなかつた。しかるに、被告清水は、たばこが欠乏していたため、被告外社の右規則に違反して無断で外出したうえ、たばこを購入の目的で加害車を運転し、たばこ屋へ赴く途中、本件事故を惹起したものである。なお、被告清水は、被告会社の経理事務を担当していたもので、自動車等の運転とは何等関係のない業務に従事していたものである。

したがつて、本件事故は、被告会社の事業の執行とは何等の時間的、場所的な関連性をも有せず、全く無関係であるから、被告会社は、本件事故に関し民法七一五条一項による責任を負ういわれはない。

(被告坂口も運行供用者責任)

被告坂口は、加害者を所有し、通勤に使用していたものであるが、事故当日、同車を被告会社の指定置場に施錠して駐車していたところ、被告清水が所持していた予備用鍵を使い、被告坂口に無断で右駐車場から同車を持ち出し私用で使用中、本件事故を惹起したものである。したがつて、被告坂口は、本件事故に関し自賠法三条による責任を負わない。

2  損害について

原告は、後遺障害による逸失利益として後遺障害等級九級で三五パーセントの労働能力喪失による逸失利益を請求している。しかし、原告は、片木厚生産業社の社長として経理面・資金面を担当していたものであつて、右のごとき知的な事務的労務に関しては、原告の後遺症による労働能力喪失率を三五パーセントとすることはできない。

3  過失相殺について

原告には、本件事故発生につき、次のような過失があるから、損害賠償額を定めるにつき斟酌されるべきである。

原告は、歩行者として、道路の右側端に寄つて通行しなければならないのに道路の左側を通行していたうえ、本件事故現場は、一八秒に一台の割合による通行車が存在する比較的に交通量の多い道路なのであるから、道路の横断を開始しようとする場合には、左右の安全を確認して横断すべきであるのに、これを怠り、加害車が近くに迫つてから突如、斜めに歩いて道路を横断しようとしたものであり、この点での原告の過失は、本件事故発生の重大な要因をなしている。

4  損害のてん補について

原告自認の分以外に、次のとおり損害のてん補がなされている。

(一) 被告清水から本訴請求外分につき

(1) 治療費

(イ) 市立泉佐野病院整形外科(入院中の分) 一三七万五一六八円

(ロ) 同病院歯科 三万〇七二〇円

(2) 歩行用具 四九〇〇円

(3) 入院付添費

(イ) 職業付添婦分 八六万五四一〇円

(ロ) 職業付添婦ふとん代 一万五九〇〇円

(二) 被告清水から本訴請求分につき

(1) 入院雑費 四九四〇円

(2) その他(見舞保障金の名目で) 一〇万円

被告清水は、原告の市立泉佐野病院入院中の治療費(前記(一)の(1)の(イ))はすべて同病院に支払つているので、原告の納入した入院保証金一〇万円を右治療費の一部に充当して精算したことはなく、また入院保証金はすでに原告において返還を受けている。したがつて、原告が請求原因四の2において自認する二〇万円は、すべて本訴請求分に充当すべきものである。

第四被告らの主張に対する原告の答弁並びに反論

一  主張3について

争う。なお、本件事故現場は、市街地を通過する幅員の狭い道路で、最高速度が時速二〇キロメートルに規制されていることからも明らかなように、交通量も少ない生活道路である。また、原告は、右道路の右側端に沿つて歩行中、後方から加害車に衝突されたものである。

二  主張4について

(一)のうち、(1)、(2)、(3)の(イ)は認めるが(3)の(ロ)は不知。

(二)のうち、(1)は認めるが、(2)は争う(請求原因四の2のとおりである。)。

第五証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4及び5のうち、加害車が原告に衝突したことは、原告と被告清水との間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、乙第三、四号証、第六号証、第九、一〇号証、原告、被告清水敏孝各本人尋問の結果(ともに第一、二回)、弁論の全趣旨によれば、同一の1ないし4及び次の事実が認められる(ただし、乙第六号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)のうち、後記措信しない部分を除く。)。

一  本件事故現場は、人家の立ち並ぶ市街地をほぼ南北に通じる道路(以下「本件道路」という。)上である。現場付近の右道路は、歩車道の区別のない直線、平たんなアスフアルト舗装道路であり、その幅員は、約四・四メートル、道路両脇にはいずれも幅約〇・三メートルの溝が設置されている。現場付近は、南北いずれの方向からも見通しは良好である。また、本件道路の最高速度は時速二〇キロメートルに規制されている。なお路面は乾燥していた。

二  被告清水は、無免許でありながら、加害車を運転し、本件道路の西側の線からほぼ二メートル東寄りを時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で、北進して(同被告は本件道路は最高速度が二〇キロメートルに規制されているのを熟知していた。)、南北から本件事故現場にさしかかつた際、自車左斜前方約四四・一メートルの本件道路西寄りの地点に歩行中の原告の姿を認めたが、その右側を通過しようと思い、そのまま約一四・一メートル進行したとき、自車前方約三〇・五メートルの地点に原告が本件道路を北東方向に横断歩行しているのに気付いた。しかし、被告清水は、なおも原告の右側方をすり抜けようと軽く考え、右方向に進路を変えながら同一速度で、さらに約一四・〇メートル進行したとき、本件道路中央を越え、引き続き北東方向に歩いている原告を、自車前方約一七・五メートルの地点に認め、あわてて急制動の措置をとるとともに右に転把したが、及ばず、折からブレーキ音で振り返ろうとした原告に、加害車の前輪左側を衝突させて原告を転倒させた(現場付近路上には、本件道路東端の線から約一・九メートル西寄りの地点を起点とし、衝突地点である本件道路東端の線から約一・一メートル西寄りの地点に至る長さ約一二メートルに及ぶ、加害車のスリツプ痕が残されていた。)。なお、事故発生当時、加害車のほか、現場付近の本件道路を通行する車両はなかつた。

原告本人尋問の結果(第一、二回)、前記乙第五号証の供述記載中、右認定に反する部分は、他の証拠と対比して、いずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

第二責任原因

一  被告会社、被告坂口

1  被告会社が被告清水を雇用していたことは原告と被告会社との間に、被告坂口が加害車を所有していたことは原告と被告坂口の間に、それぞれ争いがない。

2  そして、前記乙第四号証、第六号証、成立に争いのない同第五号証、第七、八号証、証人土生茂、同片木弘代、同長瀬八郎、同利根孝の各証言、原告(第一回)、被告坂口千代子、被告清水敏孝(第一、二回)各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(ただし、乙第四、五号証、第八号証、証人利根孝、同長瀬八郎の証言、被告清水敏彦本人尋問の結果(第一、二回)のうち、後記措信しない部分を除く。)。

(一) 被告清水は、昭和四八年六月被告会社に入社し、以来同社では経理事務を担当していたもので、昭和五〇年一一月同じ職場の受付係の被告坂口と結婚し、事故当時は、泉佐野市内で、同被告と同居していた(なお、事件後両被告は離婚した。)。

(二) 被告坂口は、被告会社に入る(昭和四九年一〇月入社)前の昭和四九年九月ごろ、自費で加害車を購入し、自家用に利用するほか、事故以前には、同車を通勤用として利用していたが、特に右車を使わなければならない状況にはなかつたうえ(夫の被告清水は電車、バスで通勤していた。)、被告会社での受付係の職務のため使用したようなことは全くなかつた。また、被告清水は、経理事務担当者として、被告会社と取引関係の金融機関に出向くこともあつたところ、運転免許を取得していないため、近くの泉州銀行には(約八〇〇メートルの距離にある。)、被告会社の自転車を、遠くの金融機関には、電車、バスをたいてい利用し、以前には、被告会社所有の車両を無断で持ち出したこともあつたものの、加害車を業務に利用したようなことはなかつた。

なお、被告会社が、加害車を業務遂行のため社用に供したこと、またその保有、使用につき、何らかの便宜を供与していたことを示す事情は見当らない。

(三) ところで、被告坂口は、被告清水と結婚後、被告清水に加害車の合鍵を預けておいたところ、被告清水はこれを利用し、前記のとおり無免許でありながら、自宅周辺の空地などで加害車を運転したりしていたところ、被告坂口は、被告清水が加害車に時折乗つていることを熟知しながら、時に乗らないようにと小言をいつたりしたことはあるものの、夫婦間のことでもあり鍵を取り上げたり強くいさめることはなかつた。

なお、被告会社が、この間の消息を了知していたことをうかがわせる証跡はない。

(四) ところで、被告会社の代表取締役片木敏夫は、昭和五一年二月二六、七日ごろ、被告清水に対し、同年三月一日、取引先の泉州銀行泉南支店、春木信用金庫に、手形割引等依頼のため、回るように指示を与えていたが、右指示は被告清水が当日中に適宜処理すれば足りるというものであつた。

(五) そして、事故当日朝、被告清水は、バスと電車で、被告坂口は、加害車で、それぞれ被告会社に出勤したが、被告清水は、同日午前一〇時四五分頃、たばこの切れていたこともあつて、泉州銀行泉南支店に割引を依頼する手形が、手元にあつたことから、右銀行に出掛けるついでに途中の店でたばこも購入しようと考え、背広の内ポケツトに右手形を入れ、事務所を出ようとしたところ、受付係の被告坂口から呼び止められたため、「銀行に行く」と答え、被告坂口に断ることもないまま、前記の合鍵を利用して加害車を持ち出して運転し、銀行への途上、本件事故を起こした。

以上の事実が認められ、右認定に反する乙第四、五号証、第八号証、証人利根孝、同長瀬八郎の証言、被告清水敏孝本人尋問の結果(第一、二回)は、前記各証拠に照らし、にわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  そこで、まず、被告会社の責任について考えるに、前記1及び2の事実によれば、本件事故は、被告会社の従業員である被告清水が、同じく同社の従業員であり、妻でもあつた被告坂口所有の自家用車を運転中、惹き起こしたものであるところ、被告坂口が、当時通勤用に加害車を利用していたとはいうものの、被告清水が他の交通機関を利用していることからみても、特に通勤に自家用車を使わなければならない状況にはなかつたことは明らかであり、また被告会社が従業員に対し、自家用車通勤を勧奨し、その使用について格別の便宜を与えていたことをうかがわせる事情も見出し難いこと、さらに、同社が従前加害車を業務遂行に用いたことは全くなかつたうえ、当日被告清水に与えられた業務の内容からしても、同被告が加害車を使用しなければ果せなかつたものとはいい難く、同車を利用したことは専ら同被告の個人的な便宜に基づくものであつたこと、同被告が自動車免許を取得したことがなかつたこと、のほか先の認定にあらわれた諸事情を併せ考えると、被告清水の加害車運転の目的が被告会社の業務のためであつたにせよ、被告会社において被告清水が被告坂口の通勤用自家用車を業務遂行に利用することを認容ないし黙認していたとは到底いい得ない。したがつて被告清水の本件運転行為自体が被告会社の支配可能領域に属するとみることはできないというべきであるから、右運転行為が業務の執行につきなされたものと認めることはできない。

また、原告は、被告会社において、被告清水の原告に対する損害賠償債務を引受ける旨約したと主張するので検討するに、前記乙第五号証、被告清水本人尋問の結果(第一回)、これに副うかのような供述部分が存するけれども、必ずしも適切な供述とはいい難いうえ、前記乙第八号証、原告本人尋問の結果(第一回)等からうかがえる被告会社代表者の本件事故に対する対応の仕方や、原告に対する態度等を併せ考えると、にわかに措信し難く、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

してみると、原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく失当である。

4  次に、被告坂口の責任について考えるに、前記1及び2の事実によれば、被告坂口は、加害車の所有者として、同車を通勤用として利用していたものであるばかりでなく、合鍵を預けておいた夫の被告清水が、無免許ながら、日頃同車を運転していたことを知つていながら、合鍵をとりあげることもなくこれを容認していたのであるから、事故当時同車の運行につき、支配及び利益を失つていたということはできず、自賠法三条により、原告の損害も賠償する責任がある。

二  被告清水

先に第一で認定した事実によれば、被告清水は、自車前方約三〇・五メートルの地点に、原告が既に横断を始めているのに気付いていたのであるから、その動静に十分注意を払い、適宜減速し、場合によつては警音器を吹鳴するなどして自車の接近を知らせる注意義務があるのに、これらを怠つていたものであることは明らかであり、また、原動機付自転車の機能、通常の停止距離等にかんがみれば、制限速度を順守してさえいれば、現実に急制動に及んだ時点においても、ハンドル、ブレーキ操作によつて原告との衝突を回避する措置をとることが優にできたはずであつて、本件事故は、被告清水の、制限速度をはるかに超える速度で、十分な動静注視と適切な状況判断、操作を欠いたまま加害車を運転した重大な過失により発生したものというべきであるから、同被告には、民法七〇九条により、原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第二ないし五号証、乙第二二、二三号証、原告本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第七号証、市立泉佐野病院に対する調査嘱託の結果(昭和五五年一一月一九日付回答分)、原告本人尋問の結果(第一、二回)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆えし得る証拠はない。

1  原告は、本件事故により、上下顎義歯破折、右上腕頸部骨折、右足関節脱臼骨折の傷害を受け、事故当日である昭和五一年三月一日から同年九月一八日まで二〇二日間市立泉佐野病院整形外科に入院し(入院中、同病院歯科でも治療を受けた。)、その後も症状が固定した昭和五二年七月二八日まで実日数一九日間同病院整形外科に通院し、この間、右足関節脱臼骨折につき、昭和五一年三月三日には骨接合術を、同年八月二五日には螺子抜去術をそれぞれ受け、昭和五二年四月二二日をもつて薬物投与等による実質的治療を終了し、以後の同年七月一八日、二六日、二八日の通院は、経過観察及び後遺症状に対する診断のためのものであつた(なお、同病院のカルテ(乙第二二号証)の昭和五二年七月一八日欄には、「子宮癌の手術をして入院していた」との記載がある。)。

なお、前記義歯破折については、昭和五二年一一月一一日から昭和五三年三月一五日まで井上歯科医院に通院し(実通院日数は不明である。)、治療を受け完治した。

2  右のとおり、原告の症状は昭和五二年七月二八日固定したが、右足、右肩各関節部に運動制限が残存したほか、右第三指の冷感、運動制限が残つた。

なお、自賠責保険の関係では、自賠法施行令別表後遺障害等級表九級の認定を受けた。

二  治療費関係費

1  治療費、文書料 二二万一七七一円

請求原因三の2の(一)は、当事者間に争いがない。

2  歩行用具代 五四八〇円

請求原因三の2の(二)は、当事者間に争いがない。

3  入院雑費 一〇万一〇〇〇円

原告が二〇二日間入院したことは前記のとおりであり、右入院期間中原告主張のとおり一日五〇〇円の割合による合計一〇万一〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

4  入院付添費 一〇万五〇〇〇円

前記甲第二号証、乙第二三号証、被告清水敏孝本人尋問の結果(第一回)とこれにより成立の認められる乙第一七号証の一ないし一二、証人片木弘代の証言、原告本人尋問の結果(第一回)と経験則によれば、原告は、前記入院中、付添看護を要し、昭和五一年四月一一日まで(翌日から職業付添婦が付いた。)の四二日間、原告の娘らが交代で付添つたので、その間一日二五〇〇円の割合による合計一〇万五〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

5  付添人交通費 認められない。

原告は、入院中その娘らが自宅から病院を往復するのに要した交通費を請求し、これに副う原告本人尋問の結果(第一回)とこれにより成立の認められる甲第一四号証が存する。しかしながら、かりに甲第一四号証によるとしても、成立に争いのない甲第一五号証により認められる、前記病院にはバス路線が通じているという事実に照らし、付添人においてタクシーを利用する必要性があつたものとも認めがたく、右交通費を通常の輸送機関により算出する限り、前記甲第一四、一五号証、弁論の全趣旨によれば、然程の額にもならないことがうかがえる。

そうだとすると、右費用は、前認定の付添費用によつてまかなえるものとみるのが相当であつて、とりたてて本件事故と相当因果関係がある独立の損害とはいい難いものというべきである。

6  通院交通費 三万五五二〇円

原告本人尋問の結果(第一回)とこれにより成立の認められる甲第一二号証の一ないし四、六ないし九、一四ないし一七、二〇、二二、二三、二六ないし二九、市立泉佐野病院に対する調査嘱託の結果(昭和五五年一一月一九日付回答分)によれば、原告は、市立泉佐野病院に通院のため、合計三万五五二〇円のタクシー代(通院一九日間片道を一回として三八回のうち、領収書(前記甲号証)のある一九回分についてはその合計一万八二三〇円を、その余の一九回分については、少くとも一回九一〇円を要するものとして算定した合計一万七二九〇円をそれぞれ認めた。)を負担したことが認められ、前記一の負傷部位、程度、治療経過などに照らすと、タクシー利用もやむを得ないものと考えられるから、原告は同額の損害を被つたというべきである。右金額を超える分については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

三  逸失利益

1  前記乙第六号証、証人片木弘代、同長瀬八郎の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、大正四年九月三〇日生の女子で、本件事故当時、毛布・カーペツトの原糸等の製造販売業を、長女弘代以外にも、従業員一〇名を雇用して運営にあたつていたものであること、そして、原告は、経営者として一応最終的な決裁などの判断をなすほかには、日常の業務遂行の上で、営業、仕入等の対外接衝、工場での生産管理等は、営業部長兼工場長の長瀬八郎に委ねていた関係で、専ら事務所にあつて、弘代(工場も一部手伝つていた。)とともに経理、資金面の事務処理にあたつていたこと、また、原告は、長女の弘代、六女で当時大学生であつた睦美と同居していたため、炊事、洗濯、買物といつた家事労働の相当部分を算段していたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第二回)中の、原告自ら対外面を担当していたかのように述べる部分は、前記各証拠とりわけ証人片木弘代、同長瀬八郎の各証言に照らし、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実に、原告個人の収入を的確に把握し得る資料が存しないこと、家事労働もそれ自体として財産上の利益を生ずるものであること等を併せ考えると、原告の得べかりし利益は、事業上及び家庭内での原告の労働を全体として金銭的に評価して算定するほかはなく、その評価は、経験則にかんがみ、同年齢の女子雇用労働者の平均賃金によるのが相当であると思われる。

2  休業損害 一一九万七一三七円

前記一認定の事実に、原告本人尋問の結果(第一、二回)を併せると、原告は、前記病院退院直後は別として、次第に日常生活にも順応し、事務所、家庭でもできるだけの仕事を処理するようになつたこと、ところが、昭和五二年四月二二日前記病院で治療を受けたのち、本件事故とは無関係な病状の悪化により、別途入院治療を必要としたこと(なお、この間の消息をこれ以上詳らかにする資料はない。)が認められる。

右認定の事実に、原告の受傷の部位、程度、入通院の状況、後遺症の内容、程度をも併せ考慮すると、事故当日から、市立泉佐野病院退院の日である昭和五一年九月一八日までは全休状態にあつたと認められるが、その後の期間については、病院での実質的治療が終つたのちの昭和五二年四月三〇日までを賠償の対象としてとり上げる期間とするのが相当であり、またその間の労務に服することがかなり制約されていたとはいえ、なおその労働能力喪失は平均して六〇パーセントを超えるものではなかつたと認めるのが相当である。したがつて、この間の原告の得べかりし利益は、右全額となる(なお、女子雇用労働者の平均的賃金は、各年度の賃金センサス、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者六〇―六四歳による。)

(算式)

<1> 昭和五一年三月一日から同年一二月三一日まで

一二五万三二〇〇〇÷三六五×二〇二=六九万三五五一円(円未満切り捨て。以下同じ。)

一二五万三二〇〇÷三六五×一〇四×〇・六=二一万四二四五円

<2> 昭和五二年一月一日から同年四月三〇日まで

一四六万六八〇〇÷三六五×一二〇×〇・六=二八万九三四一円

<1>+<2>=一一九万七一三七円

3  後遺障害による逸失利益 二一五万三九九五円

原告には、前記一の2で認定の後遺症が残存しているところ、これに伴う労働能力喪失率について、自賠責保険の関係で、後遺障害等級表九級に相当するとの認定を受けているけれども、原告の分担していた業務は、家事労働と、その性質上肉体的労務とは趣を異にする経理面での事務処理であることを考慮すると、その労働能力を二五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。そして、原告の就労可能年数は、業務の内容のほか、原告の主張も斟酌し、症状固定日から七年とするのが相当であると考えられるから、その逸失利益を症状固定時の賃金センサスを基準とし、年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右金額となる。

(算式)

一四六万六八〇〇×〇・二五×五・八七四=二一五万三九九五円

四  慰藉料 四三〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度、原告の年齢その他諸般の事情を考え併せると、原告の慰藉料額は右金額とするのが相当である。

第四過失相殺

前記第一認定の事実とりわけ本件道路の状況、当時の交通量、原告が横断を開始した時点での加害車との距離、その後の加害車の走行経路と原告との位置関係、本件衝突時の状況(特に、原告は横断を完了し、道路右端から約一・一メートルを歩行中、加害車に衝突された。)等にかんがみれば、被告らにおいて指摘する原告の過失のうち、横断にあたつて右方の安全確認を怠つたとする点は、まさしく結果から事を論じたものにすぎず、また、直前横断であつたとする点も、証拠上到底肯認し得ない主張というほかはないうえ、斜め横断という点も本件事故発生寄与したとは思えず、まして横断に先立つた左側通行などは事故発生と何ら関連のないことがらにすぎず、先の認定にあらわれた被告清水の過失の程度、態様等諸般の事情を対比して考慮すると、原告の損害賠償額を定めるについて斟酌しなければならないほどの過失があつたものとは到底考えられず、この点に関する被告らの主張は採用できない。

第五損害のてん補 三九二万四九四〇円

請求原因四の1及び被告らの主張4の(二)の(1)は、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一六号証の七、第二一号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)、市立泉佐野病院に対する調査嘱託の結果(昭和五五年一〇月九日付回答分)によれば、請求原因四の2が認められる(もつとも、被告らは、右に反し、主張4の(二)の(2)のとおり主張し、これに副う被告清水敏孝本人尋問の結果(第一、二回)が存するけれども、右各証拠とりわけ右調査嘱託の結果に照らし、到底採用できない。)

なお、被告らの主張4の(一)の各費目は、いずれも原告の請求外であつて、過失相殺が認められない本件にあつては、右主張の成否は結論に影響を及ぼすものではない。

そうして、原告、前記損害額八一一万九九〇三円から右てん補分三九二万四九四〇円を差し引くと、残損害額は四一九万四九六三円となる。

第六弁護士費用 四〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告清水、被告坂口に負担させる弁護士費用の額は右金額が相当である。

第七結論

以上の次第で、原告の被告清水、被告坂口に対する請求は、主文第一項掲記の限度で(遅延損害金の起算日は記録上明らかである。)理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、また被告会社に対する請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木茂美)

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